宇宙の扉をノックする | 一般社団法人 中部品質管理協会

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著者、リサ・ランドールは、ハーバード大の女性物理学者で、タイム誌の「最も影響力のある100人」に選ばれたこともある。2007年、前著「ワープする宇宙」出版時には来日している。ヒッグス粒子の発見を予測し、一般向けに素粒子物理、宇宙物理の先端、と科学の考え方を書いている。専門領域だけでなく、宗教、芸術との関連、物理学の社会における役割についても述べており、幅広い見識に感心した。また、クリントン元大統領が、書評を述べる等、アメリカの科学に対する理解の深さは凄い。私たちがなにもので、どこからきたのか、科学に関する好奇心を大いに掻き立たせ、多大な知識を与えてくれる書である。

有効理論とは、距離スケール、エネルギースケールを考えて対象とする現象の予見、理解すること。すなわち、関心のある検出したスケールだけを選び、なくてもすまされる細部を取り払い、有用なスケールだけで理論や方程式を組み立てればよい。ガリレオは、観測と理論の一致のために、テクノロジー、実験、理論、数学的定式化によって近代科学の道を開いた。そのテクノロジーは、望遠鏡と顕微鏡で、観察のスケールを改革した。

新しいアイディアがより基礎的な理論に組み込まれることによって科学は進歩する。古いアイディアは、いつも通用するし、実用的な面でも応用できる。ただし、それは最先端の研究には使えない。例えば、光に関する科学は、幾何光学、波動光学、光子と進化してきた。

スケールで考える。人間は2m足らずの大きさで、この範囲の現象は、古典力学で解析できる。それを、電子(10-12m)→量子力学、クォーク(10-18m)→素粒子物理、プランク長さ(10-32m)→力の統一理論、と細分化でき、適用する物理も異なってくる。逆にスケールを大きくすると、太陽系(1013m)→ニュートン力学、銀河系(1020m)→一般相対性理論、宇宙系(1024~1027m)→量子重力物理の適用となる。

ヒッグス粒子の発見。物理学では、理論と実験の間にモデルを設定し、アイディアとデータを結びつけて考え、検証する。標準理論は、多くの研究によってクォークやレプトンからなるモデルを構築してきたが、それらの素粒子の質量の起源が説明できていなかった。それを、説明するのが1964年、ヒッグスとアングレールによって、提案されたヒッグス機構のモデルで、2013年(本書の出版後)、LHCの実験でヒッグスボゾン粒子の発見によって証明された。

SERN(欧州原子核研究機構)とLHC(大型ハドロン衝突加速器)。SERNは、初めはヨーロッパが中心だったが、巨額の投資で、スイス、ジュネーブにつくった研究所で、85ケ国の素粒子物理の研究者1万人が関わる。LHCは、周囲27km(山手線の1周)で、TNT火薬2トン相当のエネルギーで、陽子ビームを1秒の25桁以上短い時間で、10億回/秒、衝突させ、素粒子の崩壊生成を観測する想像もつかない装置である。超電導装置等、多くの日本の技術が適用されているという。さらに、LHCでは、ヒッグスボゾンに続く粒子の発見によって、余剰次元理論、超対称性理論、ダークマター、ダークエネルギーの存在等を明らかすることが期待されている。

創造性の発揮は、思考は大きく、実行は細かく。すなわち、大きなビジョン(広範囲かつ重要な課題の認識)と小さなディテールに集中することが必要である。

社会は、金融、環境、リスク評価、保健等、ますます複雑なシステムになっている。科学的思考は、マスコミの大言壮語に対抗する自衛手段となる。政治、政策、経済の指導者はもちろんのこと、そして一般の人々も科学的方法を忘れてはならない。             (杉山 哲朗)