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{ 経済学のすすめ-人文知と批判精神の復権- }

コーヒーカップ

平成29年01月

著者、佐和隆光氏は、経済学者として、長年、マスコミでも数多く、自論、批判を発信されてきたが、久々に目にした。発端は、文科省の「人文社会系学部、大学院の廃止または、社会的要請のより高い分野への転換」の通知(2015年6月)に対し、日本経済新聞やジャパンタイムズにその反論を述べられたが、その裏付けともいえる書である。

大学改革プラン(2013年)では、イノベーションの創出、教育研究の国際化、大学世界ランキングの向上の3つが挙げられている。(なんと、東大23位、京大52位、東工大125位、阪大144位、東北大150位と、200位以内に5校しか入っていない。)

著者の主張は、そもそも日本は理系重視であったが、人文知の軽視に対してSTEM(科学、技術、工学、数学の英語の頭文字)の成果を挙げるためには、人文知が重要で、自身の専門である経済学を学ぶことが手段として望ましい、というものである。

S.ジョブズは、「iPad2のような心を高鳴らせる機器を開発するには、テクノロジーだけではダメだ。リベラルアーツ、なかんずく人文知と融合したテクノロジーが必要だ。」と言っている。また、バージニア大学副学長の電子工学の権威は、「日本の電子メーカーは、従来の勢いを失って久しい。その最たる理由は、エンジニア志望の学生を、人文知からできるだけ疎遠にするように、大学入試やカリキュラムを改悪に向かわせる積み重ねにある」と言っている。ホンダには、本田宗一郎社長の陰に藤沢武夫副社長がいたように、戦後の会社には、人や社会を熟知した経営者の存在があった。ものづくりの技術、技能だけでなく、世の中の動きを汲みとる人文知があってはじめて、顧客にとって魅力的な商品をつくることができるのである。

専門の経済学では、アダムスミスの「国富論」、マルクスの「資本論」、ケインズの「雇用、利子、および貨幣の一般理論」等をやさしく解説。日本の時代の変遷を、1950~1960年、マルクスによる資本家と労働者の階級闘争、60~70年、ケインズによる経済成長至上社会、80年代、レーガン、サッチャーに歩調を合わせた中曽根の「小さい政府」指向、2008年のリーマンショックによるケインズ主義の蘇生ならびに所得、資産格差の拡大、と経済学の視点から説明している。

因みにアベノミクスは、個人や組織の多様性を認めない、憲法改正をめざす、危険な統制的国家資本主義以外のなにものでもないと断ずる。

人文知を高めるために必要な真の学力は、①専門分野での学識を研鑚する過程で、思考力、判断力、表現力を鍛錬する機会、②主体性をもって、多様な人々と協働する交流、③本来の専門とする知識、技能の学習、によって修得できるものであり、そのために、①言語リテラシー(読み、書き、話す国語力と英語力)、②数学リテラシー(論理的思考力と直観力)、③データリテラシー(データに基づく説得力)を研鑚する必要がある、という。

さらに、その他に、基礎学問として、「人文知の古典を学べ。」という。アメリカの学生は、宿題で、プラトン「国家」、アリストテレス「ニコマス倫理学」、マルクス「共産党宣言」といった、岩波文庫にもあるような書を、沢山、読まされている。教養科目でこれらをこなして、学術、科学研究に進学するという。そして、経済学を学ぶことが大切で、最近でいえば、ピケティの「21世紀の資本」、アトキンソンの「21世紀の不平等」の書を挙げている。

歴史と社会を経済学という学問から考察することに興味をもつと共に、次世代を担う技術者には、人文知の研鑚を積んでもらうことを期待する。                (杉山哲朗)

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