データの見えざる手 | 一般社団法人 中部品質管理協会

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著者、矢野和男氏は、ウェアブルセンサ技術とビッグデータの活用で世界を牽引する日立中央研究所の研究者である。人間・組織・社会の法則に関する研究と活用の先端を判り易く紹介し、大いに興味をそそられると共に夢を与えてくれる書である。

ウェアブルセンサとは、人の動きを50ミリ秒毎に、ささいな腕の動きまでを計測する3次元加速度センサ、人と人との面会を検出する赤外線センサ、周囲の温度、音量を計測するセンサ等を名刺型のカードに集約、人が首にかけて行動データを記録し、サーバに転送、蓄積することができるものである。その機能からライフ顕微鏡と呼ばれる。(以下、単にセンサと称する。)以下は、センサからのビッグデータによる人の行動の計測事例である。

1.人間行動の計測。横軸に身体運動の回数N/分、縦軸にN回/分以上の身体運動が観測された累計時間を全体時間で割った累積比率(対数目盛)をとって、観測データをプロットすると右肩下がりの直線になり、この分布をU分布と名付けた。(例えば、1分当たり60回以上の運動は、1日の1/2、120回以上の運動は、その半分で1/4、さらに180回以上の運動は、その半分の1/8になる。)そして、この分布は、熱エネルギーのボルツマンの統計力学の分布と相似であることがわかる。物理科学では、自然現象をエネルギーの配分原理で説明した。人間には、人それぞれに意志、思い、情があって、その行動に多様に影響しているが、ビッグデータで見れば、自然と同じような法則性が導かれたのである。また、人と人との面会間隔の時間を計測すると、面会の確率は、1/Tに比例して減少していくことが判った。「去る者、日々にうとし」の諺を立証したのである。実は、U分布と1/Tの法則は数学的には同じことをいっている。

2.人間の心理の計測。センサで人が会話するときの運動量を計測する一方、心理学の研究から、質問紙で「積極的に活動する人」かどうかを評価し、運動量のデータと質問紙の回答の相関関係から人間のハピネスを計測できる。実際に、コールセンタのオペレータの生産性は、センサで計測した休憩所の会話の活発度と相関があることが判った。

3.組織の行動の計測。グループのメンバーにセンサを付けてもらい、到達度(会った人との時間や回数)を計測し、関係の強い人同志を線で結ぶソーシャルグラフを作成することにより、リーダーの指導力や組織の自律度を測ることができる。(例、組織統合の効果を評価できる。)

4.経済活動の計測。例として、ショッピングモールで、顧客、従業員(店長、店員)にセンサを付けてもらい、さらに売り場に場所情報の発信器を取り付け、店内の購買データを収集する。そして、そのビッグデータを、学習機能を有するコンピュータで解析することによって、売り上げを向上するための要因を特定することを試みた。ここでは、ビッグデータ解析の考え方が紹介されている。アダムスミスは、経済性と人間性を追求したが、ビッグデータにより「データの見えざる手」が導かれるようになってきているのである。

データセンシングと収集技術の発展が、サービスと科学を融合させ、イノベーションを生みだす時代が到来している。最後に紹介された、ビッグデータとそれを用いた科学技術が開く、未来の社会と人間を展望する「直島宣言」は夢を与えてくれる。 (杉山 哲朗)