安全性の考え方 | 一般社団法人 中部品質管理協会

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NHK・Eテレで、戦後史証言プロジェクト、「日本人は何をめざしてきたか」で、湯川秀樹氏と武谷三男氏の言動が取り上げられていた。若いころ、武谷の弁証法に感動したが、改めて「フェールセーフ神話の崩壊」、「安全性の考え方」を読んだ。これらの本の発刊は、日本で、原発建設、環境・公害問題、医療問題、コンピュータに関わる事故、航空機事故、等により安全性が問われた時期であるが、以下に紹介する安全性に関する武谷語録は、今こそかみしめなければならない。
・安全性の原則。①安全が証明されたものでない限り、実施してはならない。安全では、疑わしきは罰する。②許容値や基準値は、安全を意味するものではない。(それによって得られる有利と有害を比較し、はるかに有利と認められる場合に許容される量である。)③人間に被害が出ていないから実施してよいという論理は誤りである。④有害性は直ちに医学的に検出されるとは限らない。
・大型化と高エネルギー(速度が2倍でエネルギーは4倍)、毒物、危険物の存在は危険である。
・2重、3重の独立事象の故障率の積による確率論はまやかし。ラスムッセン報告で、原発事故の確率は、人が隕石にあたる程度といったら、すぐにスリーマイル島の原発事故が起きた。共倒れ、連鎖事故のように複雑にするほど故障は増える。
・巨大なもの、性能のよいものほど小さなミスから大事故をもたらす。事故は専門家のセクショナリズムの隙間、ほんの微妙な絡み合いから、専門家の意表をついて起きる。
・性能がよいことと安全であることは反対。(ノロノロの車の方は猛スピードの車より安全)
・コンピュータの問題点。①コンピュータ依存は危険をもたらす。この程度でいいだろうという近似計算で一旦できると、それが事実になる。シミュレーションでは、金属疲労やゆるみによる欠陥は見えない。②コンピュータはブラックボックスである。計算した入力と出力の全てを確認しただけで、中身は検討されていない。③コンピュータに関わるシステム事故の再現は困難である。
・実験はやらなければならないが、やったからといって安全ということにはならない。(実験は危険性テストにはなるが、安全性テストにはならない。
・普段と変わった操作、調整をやれば人為ミスは起きる。人が関与する領域の自動化は、複雑になり点検が必要になる。
・理論だけで、経験しなければ技術にならない。実際に働かせ、訓練しなければ技術にならない。信頼性、安全性は経験の積み重ねが大切である。
・原発はトイレのないマンション。(廃棄物処理を考えていない)そして、立地条件が最重要。
・原発は毒物をギリギリで動的に抑制しているから、制御システムの計測の信頼性が課題。
・原子力は安全だと考えている人が携わると危険。(利潤の側にいる人が危険と言ったら商売にならない。)危険だと考えている人がやってかろうじて安全である。
・安全は、驕り高ぶった時、必ず大事故になる。
・科学者、技術者は危険性を指摘できる職能を有しているから、企業の歯車になってはならない。
 すさまじい威力をもった科学技術と、適用限界を外してそれを使いまくる社会体制を放置していけば、人類の滅亡は目の前であると警告する。ますます高度化、複雑化する現代社会において、「文明とか公共の名における高度な哲学」をもって、公共、公衆を守らなければならない。憲法の基本的人権を守ることが「安全の哲学」の根本にあるという。           (杉山哲朗)