イノベーション戦略の論理 | 一般社団法人 中部品質管理協会

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著者、原田勉氏は、神戸大学経営学科の教授であり、本書は、日本経営協会関西本部のMOT研究会の報告書を参考に、筆者の研究内容を企業の実施例で実証したものである。理論に裏打ちされたイノベーション戦略の立案と実践の方法を教えてくれる。

研究者であることから言葉の定義、考え方の理論展開が整然としている。例えば、戦略で扱う不確実性は、ナイト不確実性(ナイトは提唱者の名前)といい、そもそもどのような事象が生起するかが不確実で、事象と確率が定義されているリスクとは異なる。また、イノベーションは技術革新のことであり、技術とは、企業が提供する製品やサービス、およびその従事する活動(生産、物流等)で、活用される理論的・実務的な知識、スキル、人工物を指し、インプット(生産要素)をアウトプット(製品、サービス)へと転換する組織能力のことである、と定義する。そして、イノベーション確率を以下のように定義し、

イノベーション確率 Q(n,p)=1-(1-p)n  n:試行回数、p:成功確率

この式に従って、その成功確率をいかにして最大化するか、イノベーション領域の決定、探索頻度(n)と探索精度(p) の要素からイノベーションの意思決定やしくみのプロセス合理性を論理的に追求し、方策と事例を紹介する。

確率の評価には目利きを育成する。理想は創業者のように、「できて語れる人」であるが、それは難しいから「できないけれども語れる人」を育成する。「井の中の蛙、大海を知らず。されど天の蒼さを知る。」という。全てに精通した一人でなくても、多様な「井の蛙」を育てるのである。育成の仕方には、相対法(骨董品を比較分析する)と絶対法(一つの骨董品を肌身離さず持ち歩き、知見を深める)があるが、絶対法で専門領域を習得し、「天の蒼さ」を知らしめる。

イノベーション領域の決定。自社の技術を技術の優位性、競争の優位性のマトリックスで評価して、コア技術、周辺技術、補完技術、未利用技術に棚卸をして、これらの要素技術間のダイナミクスを生み出す組織能力を構築する。例えば、富士フィルムのデジカメは未利用技術、化粧品はコア技術の応用である。

探索の頻度(n)と探索の精度(p)を向上するデザイン。深耕型(QCサークル活動のような既存の生産システムを前提とした改善)と、拡散型(基礎研究所のような広範の対象から発見)のマトリックスで要素技術の探索方法を提示。ホンダの失敗を評価するチャレンジ目標管理の文化等の事例を紹介している。

そして、イノベーション戦略の実行では、長期的な組織能力探索の戦略と短期的な組織能力活用戦略の重用が大切である。幸運が継続的に宿るためには、準備なくしては不可能である、という。 経営者は、イノベーション確率最大化基準という観点から、戦略、組織、しくみ、マネジメントのあり方を定期的に見直し、戦略立案の備えを固め、財務合理性ではなく理念合理性に依拠して判断し、イノベーションを実行することが求められている。  (杉山 哲朗)