著者の小関智弘氏は、町工場で50年間旋盤工として働く傍ら、そこで働く人たちのものづくりについて、数多くの小説、ノンフィクションを執筆してきた。本書は、最近、大田区の100人の工匠に選ばれた中から、15人を訪ねて、ものづくりの技と心を紹介したものである。大田区には、かっては8000あまり、今でも4000弱の3チャン工場、一人親方と言われる工場があり、宇宙機器、医療機器等のものづくり最前線の加工をやっている。1年くらい前にNHKで、「梅ちゃん先生」というドラマをやっていた。その中で、隣の家がその一つで、新幹線の部品を親子で完成させたという話があったと思うが、町工場の日常が垣間見られた。
小関さんが、15人の工(たくみ)から引き出した「ものづくりの心」を紹介する。
・視覚障害者が指先で触って「見る」ことができ、絵を描くことができる極細のワイヤの筆先から、蜜蝋が出る触図ペンを発明した親子。
・10ミリの穴を10ミリのドリルでやっても、ドリルが軋んで削れない。ドリルを芯違い(刃先の頂点を少しずらす)に研ぐコツを、工匠が茶髪の若者に教えた話。
・NC化しても、バイトは自作した方が切れ味が良く経済的、と手研きでやっている。
・鍛冶場で使う工具の焼き入れには松炭を使う。鉛焼きは、簡単だがすぐ鈍る。
・光ファイバーの0.5ミリの穴あけのためにマシニングセンタと放電加工機を導入した町工場の親子。町工場の信頼は、腕の良さ、高品質、納期順守、低賃金という。
・江戸切子の美しさは、無色透明のガラスの加工面に光の広がりを与えて表情を変える、手の技とデザインのアイディアによる。切子は、手でなく、目で削るという。
・職人とは、他の工場で「そんなことはできない」と断られた仕事もできる、のもの一字を持っていること。それもできる、のもを育ててこそ本当の職人といえる。
・1個3000円の部品を1個作るのに、ベンダーに使うヤゲンを1個17万円で買った工匠。それを持っていれば、いつかきっと役立つと思ったから。機械に工夫を加え、道具を作ることによって、仕事を作っている。
・野に雑草という名の草が無いように、工場に雑用という名の仕事は無い。機械に油をさす、コークスを熾して鋼を赤らめる、ハンマーで火造ったり、油や水で焼き入れをしたり、の全てが機械や鋼の命を知るきっかけになるからである。
・1ミクロン削りたいと思ってもハンドル操作では不可能。刃物台をそっと押す。刃物台の弾性変化で1ミクロンが削れる。職人は、物理学を学べ。
・日本の現場力が落ちたのは、デジタル信仰のせい。アナログの変化部位を読みとる能力が落ちている。アナログは感性の宝庫である。
・優れた技を持っている熟練工でも、NC言語を使わなければ難しい形状を削り出すことはできない。これからは、コンピュータの力を引き出し、コンピュータ言語を豊かにしていく工匠になれ。
大田区の町工場では、これらの工匠のベテランが若者を育て、一方では、損得ではなく、自分の信念で自分の仕事を語れる工場の2代目が育っている。まだまだ、大田区の町工場には、ものづくり最前線への期待がかかる。 (杉山 哲朗)