大村 智 2億人を病魔から守った化学者 | 一般社団法人 中部品質管理協会

一般社団法人 中部品質管理協会は、品質管理を中心とする管理技術・マネジメント手法を教育・普及する専門機関です。QC検定®対応講座も開催しています。

ホーム > 大村 智 2億人を病魔から守った化学者

今年のノーベル医学・生理学賞を受賞した大村博士(業績は、線虫の寄生によって引き起こされる感染症、に対する新たな治療に関する研究)の受賞前に書かれていた伝記である。本書に紹介された実績から、今回の受賞は当然であり、80歳の受賞は遅かったと実感する。

大村博士は、いわゆるエリートと呼ばれる学歴の持ち主ではなく、苦学の人であり、その間に影響を受けた人たちの教えを忠実に実践、努力されてきた研究人生である。

先ず、幼少時は、教師であった母親の日誌から「教師たる資格は、自分自身が進歩していることである」の言葉、そして、母親が丹念に記録を取りつつ養蚕の仕事をしてきた姿から、研究の姿勢を学んでこられた。山梨大学の自然研究科では、クロスカントリースキーに没頭したが、スキー講師の「鼻水を拭く力があるのなら、なぜ、もう一歩前へ出ないのか」という気力。クロマトグラフィを学んだ先生からは「社会に出たらどこの大学を出たかは関係ない、5年間が勝負だ」という言葉に励まされた。また、卒業後、夜間の工業高校の教師をされたが、苦学する学生の意欲からは、「万変に処するに、一敬を主とす」の教訓を得られた。高校の教師をしながら東京理科大学の大学院に学ばれ、NMR(核磁気共鳴)による有機化合物の分析を学ばれたが、「研究成果を評価してもらうには、英文で論文を書け」と教わった。

そして、北里研究所では、秦という看板研究者から、直接教えを受けるという環境に恵まれ、アメリカのウェスレーヤン大学に留学する。ここでもティシラー教授や、ノーベル賞級の多くの研究者に出会い、自身も脂肪酸の生合成に関する研究で実績を評価されるようになる。そして、北里研究所に戻ってからの研究が、受賞の理由となった微生物から抗生物質をスクリーニングする研究で、主にアフリカで線虫が眼に入り失明するという病気に効果のあったメルチザンの発明である。この研究は、大学が薬品を発明し、企業(大村博士がアメリカでティシラー教授から紹介されたメルク)が実用化するという産学連携のさきがけと言われる。大村研究室では、多くの研究者が育ち、448種の化学物質を発見し、25種が医薬、動物薬等で使われているという。そして、この薬品の発明で得られた200億円の特許料は、北里研究所の経営改革や新しい病院の設立に投資されている。

大村博士は、趣味の絵画が発展し、美術にも造詣が深く、病院内への著名な絵画の展示、そして、故郷には美術館まで創設されている。

そして、科学と芸術に共通するものとして、「ひらめきと直観」が大切であると言われている。すなわち、科学は、ひらめきと直観で仮説を考え、それを実験と計算で時間をかけて実証していく。芸術は、対象物から、ひらめきと直観で感じ取った美を、構図と色彩で時間をかけて完成させていく、というのである。そして、そのひらめきと直観は、日ごろの研究論文やすぐれた作品に出会う中での研鑚の積み重ね、によって培われると言われている。

「至誠、天に通ず」と色紙に書かれる。大村博士は、何事にも真剣に取り組み、努力を惜しまない、同時に、多くの支援者に感謝を忘れない方であるという。大村博士の今回のノーベル賞受賞に際し、こういう研究者、実業家が日本にいたということに感動すると共に、日本の科学者、技術者に自信を与えてくださったことに感謝したい。    (杉山 哲朗)