東京大学名誉教授(元日本学術会議会長)近藤次郎先生が、3月29日、98歳でご逝去されたことが報ぜられた。心より、哀悼の意を表したい。近藤先生は、ご専門の航空工学の分野(戦後、国産初のプロペラ旅客機YS11の開発に従事)だけでなく、QC、ORといった経営科学の分野でも多大な功績のあった方である(1966年、デミング賞)。戦後、森口繁一、国沢清典、石川馨、朝香鐵一先生等に啓発されて、この分野に入られたと述懐されているが、こうした諸先生方の相互啓発によって、日本のQC、ORは発展してきたのである。
幸いにも、私は、入社当時、QCベーシックコースで、先生の統計理論の講義を受けることができた。会社が、技術部門に信頼性工学を普及するために講師として招聘したことがあり、その講演を拝聴する機会があった。大変わかりやすい講義であり、OHPもなかった当時、きれいなスライドを使ってお話しされたことを記憶している。温故知新で、先生の著書である、オペレーションズリサーチ(1973)、数学モデル入門(1974)、システム工学(1970)、経営科学読本(1986)を引っぱりだして、通読してみた。もう40年前になるが、内容は陳腐化しておらず、今も経営の管理技術として大いに役立つことを確認した。
例えば、システム工学は、人口、消費、生産が、数量的に膨張、変化速度が増大する中で、管理が巨大化し、公害問題、欠陥自動車問題、教育体系、住宅問題等の課題に、物、資金の効果的運用を管理する手段を提供する、とある。
ORは、経営者の直感を客観的判断によって裏付け、確実な経営を行うためのものである。OR以前の問題として、問題の定義、その中にある言葉、手法、あるいは、予測される結果等をあげて、はっきりと定義する。目標、目的を明らかにして、評価尺度、評価関数で表す。そして、評価に関する要因を管理できるものとできないもの、環境に区別する。次に、人、もの、金といった制約条件を明らかにする。これは、ORに限らずどんな手法も使う前に検討すべきことである。ものごとの価値の評価に関して、その哲学、評価尺度、測定、分析、特に技術アセスメントといった総合評価の手法も新たに知ることができた。
近藤先生といえば、新QC7つ道具にある、PDPC(過程決定計画図)の創始者として有名である。不測の事態を考慮した予測や計画の事例が数多く紹介されているが、国交回復以前の対中国政策の事例があった。現在はどう表現できるだろうか。
経営科学を失敗の管理に活用するとすれば、対象である失敗、変化には、信頼性、人間工学。不足/過剰、遅れ、といった制御の問題には、制御工学。目標設定、検出誤差、バランスといったシステムの問題には、システム工学が活用できることを解説している。
先生の著書は、図を使った概念の説明が判りやすいことと、事例を使って説得力があるということである。「数学モデル入門」には、YS11の企画を含め、100を越える事例がある。一般向けに、「安全を設計する」、「飛行機はなぜ飛ぶか」というブルーバックスの新書がある。その中で、運動する構造物の場合、その物体に加わる力は、物体の重さに比例することを「柳に雪折れなし」のたとえで説明。有意水準5%で、安全率Sを検証するためのサンプル数nを、二項分布を持ち出すのではなく、グラフで簡潔に示されている。
「ORを勉強して一番感銘を受けたのは、小さな発想や着想を定着し、これらを昇華して一つの学問に育て上げたことである。」と言われている。現実の問題を学問の形に体系化するというのが、先生の一貫した研究姿勢であったと考える。 (杉山哲朗)