「サル化」する人間社会 | 一般社団法人 中部品質管理協会

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山極寿一氏が、五木寛之氏とのテレビ対談で、「人は歴史と人間の原点に学ぶべきである」と発言していた。そういえば山極さんは、昨年、京都大学の総長に選出されたが、彼が研究から離れると学術研究の損失になると、「山極さんに投票しないで」というビラが学内に貼られたという。研究内容を手近に知ろうと思って読んだのが本書である。

山極さんは、霊長類学、人類進化論が専門で、京都大学の今西錦司氏、伊谷純一郎氏の流れを汲むゴリラの研究者である。霊長類学というのは、今西さんの高崎山のサルから始まった、日本発の学問である。サル一頭一頭に名前を付けて観察する方法が世界的に評価された。サルの研究から始めたそうであるが、サルの立場に立ち、サルの視点で、サルの行動を実践、経験したという。(サルになりきれなかったそうだ!)生物学の研究は、「例外の科学」といって、2度と同じことが起きないし、作りだせない、検証が不可能な学問である。1回しか起きない現象から何が変わったかを探り、現場の調査をもとに類推を重ねていくのである。

1978年からゴリラの研究に入られたのであるが、その多くの体験から判った知見が、興味深く紹介されている。(26年ぶりに幼少時のゴリラと再会したエピソードは感動的)

・ゴリラは、1頭のリーダーオスに沢山のメスが集まる単雄複雌社会であり、チンパンジーは複数のオスと複数のメスの集団で、付かず離れずの複雄複雌社会である。従って、繁殖面から見ても、チンパンジーのオスの方が睾丸が大きく、精子の数も多いことに納得がいく。人間を含めて、類人猿は父系社会である。ゴリラは、集団で物を食べ、草や果物を求めて移動するのに対し、チンパンジーは、1頭で同じ場所に来て物を食べる。従って、共存が可能。

・人間がゴリラやチンパンジーと異なるのは、家族だけでなく、子育ての必要性から家族が集まって共同体を作って生活するようになったことである。男性が狩猟や採集に出掛けている間、女性や子供たちは、食べ物を届けられるのを「待つ」ということから、一体感が培われ、人間の社会性の特徴である、奉仕(誰かに何かをしてあげたい)、互酬性(なにかしてもらったら、お返しをする)、帰属意識が生まれた。

・人間は、食べ物の運搬(熱帯雨林から草原へ移動)、肉食(直立2足歩行と多産)、調理(火を使う)、農耕と牧畜(自ら食糧を生産)という食糧革命を経て、進化してきた。

・霊長類の中で人間だけが白目をもち、類人猿にはない。白目によって表情が判り、他の動物の脅威から逃れるコミュニケーション能力が進化した。目は口ほどにものをいい、である。

さて、タイトルにある「サル」化する人間社会は、山極さんの人間の将来に対する警告である。サルは、個体の欲求を優先し、序列をつくり、全員がルールに従うことで、個体の利益を最大化する社会である。すなわち、弱いものが強いものに身を引くので、争いの少ない支配的で効率的な社会である。人間は、家族やコミュニティを愛し、縛られて生きていくが、家族離れで個人を失ってしまった現代人は、上下関係のルールに組み込まれやすくなっている、という。そして、インターネット、携帯電話の通信革命も同様の元凶である。インターネットで自由になるかもしれないが、家族的なつながりは失われる。どんなに技術が進歩しても、人は、フェース・ツー・フェイスのコミュニケーションを捨てることはできない。

ゴリラは優劣をつけない勝ち負けのない世界であるそうだ。進化的に見れば、人間もゴリラのような平和主義、平等主義の側面を持っているわけで、その方向への回帰も必要である、というのが山極さんの主張である。